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お別れ・・・・・。

「あ・・・・、社長、社長。」 「”マーさん”、いいから起きなくていいから。痛いんだし、危ないから
寝てていいから。」 「社長、ギリギリ間に合って良かったわ。」 「なに、”マーさん”。まだ、ギリギリ
じゃないよ。」と言った、あたくし自身寂しさでいっぱいでした。

「龍之介も来たでしょ。」 「アイツはほんとタイミング悪い奴なんだわ。ほんとタイミングが悪い。」
「それが龍之介だからね。(笑)」 「まぁ、俺もタイミングの悪い男だけどね。」
「本当に”マーさん”は面白いよね。」と一緒にお見舞いに来ている”愛ちゃん”と笑うと、
「オレ、スケベだから。」 「いいね、”マーさん”相変わらず面白い!」
「オレ、笑いでは社長に負けたくないから。」 「なんの負けず嫌いさ!(笑)」

「忍にも、もっと教えたいことがあるけど、こんな弱った身体じゃ無理だからな~。
だから、店長!店長!頑張れって言っといて。」
「わかったよ、“マーさん”。」
「いててて・・・・」と二回程、目をつぶって痛みに耐えていました。
その間、あたくしと”愛ちゃん”は何もできずに、ただただ見守るしか出来なかったです。

「”マーさん”、もうそろそろ行くね。また、来るからね。」
「うん。」 「”マーさん”、これお見舞いの100万円ね。ここに入れて置くから。」とベッド脇に
ある机の引出しに入れると、「ありがとう。社長、それ見積じゃないしょ。」
「”マーさん”が元気になって自分でお店をやる時の軍資金。」
「社長、請求書じゃないよね。」 「”マーさん”、いい加減にしなさいよ。(笑)」

「じゃあ、またね。」と”マーさん”と握手。
続いて”愛ちゃん”が「”マーさん”、また元気になって来て下さいね。」と。
”マーさん”は愛ちゃんの手を中々放しません!(このスケベ!!)
すると、”マーさん”は”愛ちゃん”に「抱きしめてね。」と、目がマジでした。(このスケベ!!)
二、三回程「抱きしめてね」とマジ顔で言うのですが、それでも”愛ちゃん”は頑(かたく)なに
「待ってますからね。」と、決して「わかりました。」と言いませんでした。(さすがです)

まだ、手を放そうとしないので「”マーさん”、抱きしめてジルバだね。」と言うと、
「ジルバか!」と半笑いをしながらようやく手を放しました。(笑)

それが、”マーさん”との最後。

追記 つーか、今日から
ビアガーデン”かよ。後ほど、待っていますよ!!

ファイル 3499-1.jpg「社長に送っといたから。」「何を?」一瞬、モルヒネの影響?と思いましたが、
そう言えば、あたくし”マーさん”のお見舞いに来る2、3日前に夢を見たんです。
目の前にいるモルヒネが効いて、少し虚(うつ)ろな”マーさん”の夢を。
「”マーさん”、おれ2、3日前に”マーさん”の夢を見たよ。」「うん、それ。」
繋がりましたね、「ギリギリ間に合って良かったわ。」と言う言葉と。
”マーさん”、安らかに、安らかに・・・・・。
”マーさん”が亡くなったのも、ほんの思い違いであって欲しいと心の底より思います。。。。。。

今日、旅立ちです。

偲びますか!

本日は”マーさん”の「偲ぶ会」を南2西8やすらぎ斎場「センティア28」で執り行います。
時間は19時からでお坊さんは呼ばずに、”マーさん”の好きだった”矢沢永吉さん”の
曲を流しながらの献花方式です。

ですので、喪服でなくとも大丈夫だとあたくしは判断しています。
だからと言って、着ぐるみを着てきたりコスプレはちょっと・・・・・。

まぁ、ギリギリ”永ちゃんファツション”くらいまではいいかと。(派手だろ!)

お坊さんのお経や有難くもない(コラッ!)お説教がないので30~40分程度です。
それ以降もお線香を上げに行けますので、ジャンジャンバリバリと上げに来て下さいね。

明日の「お別れの会」は11時で、出棺が11:30と言うことです。
(これも私服で大丈夫ですよ)
因みに、”マーさん”料理人らしくコックコートで棺に入る予定です。

追記 飲食業は余程(天変地異など)以外は営業するのです。
ファイル 3498-1.jpgあら、本当にコックだったんですね。(笑)
”マーさん”、身長は164,5センチだったのに棺に入れるのに測ったら173センチになって
おりました。斎場の方曰く「亡くなられたら身長が伸びるんです」と言っておりました。
きっと筋肉が伸びたんですね。
あたくし、今でも常に不安だらけです・・・・・。

まぁ、やるしかないよね。

はい、そう、あたくしこのフレーズ10年以上前から使っています。
で、これね、資金繰りも人もキツイ時に「もう、やるしかないだろ!おれ、何か悪いことしたか?」と
開き直りや投げやり?とでも言いましょうか?人間、追い詰められたら逃げるか、向かって行くか?
あとはどうしていいのかとそこで立ち止まるか。

まぁ、それはその人の人間性や状況判断ですが、あたくしの場合は逆ギレしてしまうので
「それならば、やるしかないだろ!!一生、逃げたり脅かされるのはゴメンだよ!!」となります。
そう、なんの成功する根拠などなくね。ただ、ただ「もう、やるしかない!!」ってね。


でも、人間って追いつめられると知恵が出る時が往々としてあるんですよね・・・・・。

追記 お待ちしております!!
”マーさん”18日の19時より「偲ぶ会」でお経の代わりに”矢沢さん”で行きます!!
なので、30分ほどで終わります。(献花式)
19日は11時より「お別れの会」です。
どちらかに顔を出して頂ければ幸いです。また、仕事や用事で来られない方は
本日、夕方以降でも「偲ぶ会」の後にでも”マーさん”にお線香でも上げて下さい!!
それなら、私服でもいいしね。つーか、全て私服でも良いと思いますよ。

時間が止まっていればね。。。。。

「とろい人」の特徴と改善など。

先日、「とろい人」の特徴を思わず検索してしまいました。(笑)
それでは↓
『仕事の対する創意工夫が出来ないんだとか。』
・同じような仕事を何度も経験すれば、大抵の人は自分のやりやすい方法を見つけて
効率よくかつ確実にこなしていくもの。
・決められた仕事のやり方を守るのは確かに大切ですが、よりよい改善ならば、
やるにこしたことはありません。
・しかし仕事のスピードが遅い人は、自分のやりやすい方法を見つけることができずに、
指示された内容そのままをこなす。

『すぐにできることを後回しにしてしまう』
・他人が「これ今すぐにやってね」とか、「急ぎでお願い」といっても、言葉を額面通りに
受け取ることができない。
・大体において、自分の事情を優先してしまうのです。
・「メール返信しといて」と指示された後、「後で返信しよう」と自分で判断し、後回し。
・仕事が遅い人は、「まだ大丈夫」「後でもできる」と思考しています。
・結果タスク管理が複雑になったり、抜け漏れが多く発生していたり、職場の同僚にも迷惑を
掛けることになるのですが、本人にはそんな自覚がないので悪びれたところがありません。
・できることはすぐに処理をした方が結果的に楽となるので、今のことばかり考えずに
後のことも考え、行動するようにしましょう。

『わからないことを質問できない』
・仕事が遅い人間は、えてして「コミュニケーション不足」の人間が多いもの。
・分からないことがあったら、分かる人にちょっと聞いてみるだけでいいのに、
一人で解決しようとして堂々巡り。
・コミュニケーションが苦手な人は自分から聞くことにためらいを感じ、相手から声を
かけてもらうのを待っている。
・こちらから、「どうしたの?」と聞くまで、一人で解決しようとしているのです。
・自分で答えが分からない問題は、どれだけ頑張ったって答えは出てきません。
・度を越すとただのさぼりと変わりません。もし自分でできないことが生じてきたなら、
誰かにその解決方法を聞いてみましょう。

他には、「マイペースで周りが見えない。のんびり屋さんである。物覚えが悪い。
相手の要求や内容が理解できない。喋るのが遅く、説明が下手である。
キャパオーバーしてしまう。とにかく要領が悪い。」など。
マイペースの人は早歩きを心掛けるといいみたいですね。

えっと・・・・・、これに限りなく100%に近いくらいに当てはまるんですけど!!
ファイル 3496-1.jpgコラッ!どこ向いてんだ!!

追記 そんな人が店長としてフェアを考えたそうですので、皆さま何とか行って上げて下さい。
”マーさん”、今朝亡くなりました。最後までロックな生き様でした。
先日、”愛ちゃん”とお見舞いに行くと「龍之介はタイミング悪い!」と心配していました。
そんな、死の淵で懸命に頑張ってる人にも心配されています。
ならば、「やるしかないだろ!!」と。
お通夜は7月18日(木)、告別式は19日(金)
場所は南2西8 やわらぎ斎場「センティア28」です。それまでは3階にいますので、
寂しがり屋の”マーさん”に会いに行って上げて下さい。
”マーさん”、好きだったよね。”マーさん”、「俺もタイミング悪い男なんだわ」と言っていました。
満55歳は早いよ。。。。。

哀しみを乗り越えた笑顔・・・・・。

その昔、青森で仕事をしていた時に「ねぶた祭り」へ行きました。
当然、飲みに行ってディスコなんぞへも行き(踊れもしないのに)店内は大盛り上がり。
青森には米軍三沢基地があるので、「ねぶた祭り」には米軍も来ていました。
薄暗い店内を歩いていると、通路のど真ん中で柱にぶつかってしまいました。
「なんだ!?通路に柱ってあぶねーな!」と思い、よくよく見るとバカデカイ黒人が
腕を差し上げて梁につかまっていたんですね。そう、彼は単に何かモノを掴んで休んでいた
のですが、なんせ店内は薄暗くしかも色が・・・・・。

あたくし、その後に憧れのアメリカなんぞへ行き、ロスの空港から宿泊するホテルまで
タクシーに乗った時の運転手さんが黒人の方で、リーゼントの若い二人の日本人が珍しかったのか?
もの凄く話し掛けれました。英語?いえ、面白いもので知ってる単語と身振り手振りで何とか
なるもので、お蔭様で宿泊先までの車内は大盛り上がりで、これからの一ヶ月を期待させるには
十分な空間でした。

「ガッテム!って日本語で何ていうんだ?」 「チクショー!!だよ」「チッショ!?」
「ノー、ノー、チクショー!!」「チックショ!?」「??、OK!」それから、何かあるごとに
その黒人の運転手は「チックショ!!チックショ!!」と連呼しては笑っておりました。(笑)

ホテルの近くでバスの運転手さんに話し掛けた時にも気軽に笑顔で答えてくれて
写真も喜んで一緒に撮ってくれました。
黒人=怖いと言うイメージもありますが、それは白人もメキシカンも日本人も同じで、
人によるんですね。ただ、ダウンタウンへ行った時に昼間から何もすることもなく
酒の瓶を抱えて寝ていたり、さまよっていた光景も目にしましたけども。

その昔、アフリカから奴隷船で連れて来られて労働やら召使いなどを強いられて
強烈な差別を闘い乗り越え(未だに十分ではないけど)て来たのを小さいながら
「ルーツ」と言うTVドラマで見ていたので、底抜けに明るい黒人と触れ合いながら
何とも言えないも気持ちもありました。。。。。

追記 本日もお待ちしております。
ファイル 3495-1.jpgホテルの近くで会ったバスの運転手さん。
プラターズ 「グレート・プリテンダー」

今は昔と違って・・・・・。

今は昔と違って北海道や東北の人たちが冬に出稼ぎに来ることは殆どないと聞きました。
冬の数ヶ月間、お金を稼ぐためとはいえ家族と離れるのは出稼ぎに出る方も残る方も
心配で寂しいものです。

その昔、建設業で働いていた時には冬だけではないのですが、それでも雪が降ると札幌の
工事現場が少なくなるので、青函トンネルや関東の方へ仕事へ行きました。
あたくしたちは出稼ぎと言うよりも”出張”で来てる感じでしたが、練馬の建設屋さんの寮で
寄宿していると、あちこちから来ているので色々な方言が飛び交っておりました。

主に茨城や栃木、そして山形や秋田なんかからが多かったです。
たまに九州から来ているグループも多く、その方達はあまり関東の人にはなじめなかったのか?
お風呂で一緒になると「北と南は合うね。関東の人間は冷たくてダメだ」と言うような話を
していたのを覚えております。

毎年、秋田から出稼ぎに来ている”あきやん”と言う方がいて、その方は昼も夜も働いて
いたので、周りから「あきやん、働き過ぎてだんだんと目がくぼんで来てるぞ」などと
冷やかされていましたが、農家をやっている”あきやん”はそれだけでは家族を養えらしく、
出稼ぎにきたいる間は稼ぐだけ稼いで痩せこけて目がくぼむまで働いていました。

その時には何とも思わなかったけど、今にして思えば家族のためにお金を稼ぐために
皆必死だったんですよね。そう思うと、「働き方改革」やら「最低時給」やら、「労働時間がどうの」と
もの凄く変わったな~と思います。

当時は札幌に居ると、夏は隔週休で月に2度しか休みはありませんでした。
本州への出張では週一の休みでした。で、この時期は関東方面では熱さとの闘いでしたね。
8月に入ると、お盆休みで実家の芦別へ帰ることが楽しみで、仕事の励みにもなっていました。

今は出稼ぎに行かなくとも何とかなっていますし、休みも沢山増えて見た目は良い環境に
なりました。しかし、確かに馬車馬のごとく休みも労働時間も関係なく働きヘトヘトでしたが
あれはあれで働く意義を感じたし、働いてもらうお金のありがたみを実感していました。。。。。

追記 何が良くて、何が悪いとかではなく一所懸命に働ける環境があるだけで
幸せだと思える人生にして行かねば・・・・・。

休みの日に屋上で洗濯機の回るのをずーっと見ていた職人さん。今から思うと
50代前後でしたが、ずーっと寮に居たんだけど家族は居なかったのかな~。
横浜方面での仕事で、トラックを普通に運転していた黒人ドライバーが新鮮でした。

決して美人ではないけれど・・・・・。(笑)

タスコ時代から経理やアシスタントをしている”瀬口さん”がおります。
もうかれこれ、約20年ちょっと一緒に仕事をしています。

”丸か”を立ち上げる時には当初”瀬口さん”は来る予定ではなかったのですが、
やはり、あたくしのことを分ってくれて仕事も慣れている人が1人でも多い方が良いと思い、
”丸か”に来てもらいました。

結婚し子育てもあり、7年ほど離れていたのですが、またこうして仕事をしてくれています。
”瀬口さん”は「決して美人ではないのですが」、なぜか?男性にモテます。(エロ雰囲気)
”瀬口さん”は「決して美人ではないのですが」、仕事が出来ますし、変な勘も鋭いです。
”瀬口さん”は「決して美人ではないのですが」、世話好きなので周りの人たちは大助かりです。
”瀬口さん”は「決して美人ではないのですが」、お酒を飲むとうるさくなるし、面倒くさくなるので
”丸か”では「禁酒」させています。(例外としては、イベントやあたくしが許可を出した時)

そんな「決して美人ではない」”瀬口さん”ですが、いつも本当にありがとう!!
これからも、面倒なお局様と言われながらも(誰も言ってないか)体に気をつけて
今後とも、一生の付き合いをして行きましょう!!(イヤです!とは言わせないよ・笑)

でも、やっぱり”愛ちゃん”がいい・・・・・。

追記 ”瀬口さん”は金曜日”とり天狗”に出ていますので、ご興味のある方は
ぜひとも会いに行って見て下さい!!「決して美人ではないですけど」(笑)
ファイル 3492-1.jpgなので後姿です。(単にエロいだけとも)

色々言うけど、店長の仕事は・・・・・。

店長は会社の一番目立つ花形で顔でもあります。
なので、店長は華がないと行けません。中には半歩下がって部下を前面に出す店長もいます。
それはそれで優秀な店長で、そのような人は組織でトレーナーとして活躍します。

店長で売上の3割、4割が左右されます。
と言うことは、店長次第で3割、4割積み重ねることも出来ます。

店長の仕事は色々とありますが、しかし、最大の仕事は「売上を伸ばすこと」です。
それ以下でもそれ以外でもありません。
もっと言うと「売上を作れる人」です。

「社長は売上しか考えてないのかよ!もっと、違う所も見て欲しいよな!」などと、
考えてるとしたら、まずは自分の仕事をして下さい。
それは、「売上を作ること」です。

追記 なんか、すいませんね。これでもちゃんと見てるんですよ。(笑)
あと、”欽ちゃん本店イッシーフェア!!”今日迄ですのでよろしくお願いします!

ラジオアップされています!収録中は酔っていた感じはしなかったけど、聴くと・・・・・。(笑)

25年の時を経て・・・・・。

一昨日、”大東京”と言うお店の時のアルバイトスタッフが遊びに来ました。
”大東京”時代で働いていたのが25年前で、最後に会ったのは16年前。
当時あたくしが27歳で”美奈ちゃん”が25歳なので、現在の年齢は・・・・・(笑)

最後に会った時には「青春の輝き」(16年も前か!!)で、今の旦那さんと
結婚するとのことで来ました。現在は稚内で12歳の娘さんと三人で暮らして
いるとのことです。今回は仕事の関係で登別へ行く際に、「どうせなら札幌で
一泊」と言うことでした。あたくしの居場所が分らないので「タスコ加藤部長」と
バスの中で検索すると””トップギア!!”の記事にが出て来て、それを読んで
「あっ!ここだ!!」となったそうです。(笑)

”美奈ちゃん”が働いていた時の店長の”深田のハル”も呼び、懐かしい話しで
盛り上がりました。”美奈ちゃん”は、いっつも本当にテンパっていて、そして
泣いていたんですね。(笑) 昼間は新さっぽろの雑貨屋さんで働き、そして
夜は”大東京”で働いていたんです。確かに、テンパりは凄かったんですが、
それ以上に頑張り屋で素直だったんですね。

まぁ、20代のあたくしや”深田のハル”なんてのは、バリバリだったので
”美奈ちゃん”も本当に大変だったろうな~と。(笑) でも、こうして25年経っても
訪ねて来てくれるなんて嬉しすぎますよね。

あっ、あたくし別に「俺って何年、何十年も経っても会いに来てくれるのって、
すごくネッ!?」と、のたまってるのではなく、その逆で「あんなに怒っていて
怖かったのに、よく会いに来るな~。」と言うのが本音なんですね。

やっぱり、皆、仕事が好きで熱かったからですかね。。。。。

追記 現在の各責任者の皆も数十年後もこうして会って元気の出る話を
出来る関係を作って欲しいと思います。

ファイル 3490-1.jpgうわっ!あたくしなんか調子こいてる!(キモッ!)
”美奈ちゃん”、昔はドングリみたいな刈上げ頭で顔も丸いと言うか三角形ぎみだったのに、
今ではすっかり優しいお母さんの顔になっていますね。(笑)
それにしてもSNSは凄いね!(使いようだけど)
不安と迷いと悩み、そして何とか乗り切るためにもがいて来た月日。
これからも変わらないんだろうな~・・・・・。

励ましの言葉。

「自分の欠点ばかり気になり出したら、
そんな劣等感を直してくれる人間はこの世に一人しかいない。
つまりあなた自身だ。」 デール・カーネギー

時々、”劣等感”に苛(さいな)まれるあたくしにはもの凄く響く言葉です。

では、これも最近もの凄く響き意識しています。
「あなたのこれからが、あなたのこれまでを決める」 佐治晴夫(物理学者)

あたくしこの言葉を見て、ここ最近「おれ、一体何をやってんだ?こんなんでは
この先もそうだし、これまでが無になるよな~」と、出口の見えないダメダメさにウンザリして
いました。「いました。」と書けば「もう、大丈夫になったのか?」と問えば、
まだ、ダメダメですけど。しかし、今が、これからの自分の考え、言動が将来だけではなく、
これまでのことも変わりかねないんですよね。

おれ、なにやってんだろ~と。。。。。

追記 「浅草キッド」いいですね~。
”イッシーフェア!!”来て下さいね!!

                  

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