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純喫茶「わらび」

先日、”まるふじ”の近くにある純喫茶「わらび」で調子に乗って
食後(と言っても事務所で食べた焼きそば弁当だけど)のコーシー?
でも飲もうと行ってきました。

なぜ、「わらび」だったかと言うと↓
ファイル 3593-1.jpg(笑)
ファイル 3593-2.jpg(笑)×2
どうですか?いいですよね~。
これぞまさしく昭和の「純喫茶」。(笑)

今年の夏の歩いていて急な雨で雨宿りで入ったのが「わらび」。
入った瞬間に「あれ?」と初めてなのに懐かしさが込み上げて来ました。
で、ずっと気になっていたので食後のコーシー?でも飲みがてら行って来たんです。

あたくし一人、ママ(と言っても80歳近く)一人とのマンツー!!
しばしスマホを見ていましたが、何だかここでスマホなんぞを見るのは何とも場違いだし、
それ以上にこの空間を楽しまないのがもったいない!とね。

それで、意を決して新聞のチラシを何枚も見ていたママに「ここはどのくらいやってるんですか?」
と、尋ねると「53年になります」「そうですか、昭和53年からですか~」
「いえ、53年目です」「!!!53年間ですか!?」「はい、そうです」
「へ~、凄いですね~。どうりで落ち着きますもんね~」「はい、皆さんそう言って下さいます」
なんて丁寧な言葉使いなのでしょうか。(笑)

何でも、その昔この辺は喫茶店通りと言われて沢山の喫茶店があったんだそうです。
その他にも居酒屋や市場もあったと言っておりました。

「この前の通りは天皇陛下も通ったんです。西屯田通りでみゆき通りとも言われてたんです。」
「えっ!?西屯田通りってここまでなんですか!?」「はい、そうなんです」と。

ふ~ん、何だか単純に昭和感満載なだけの雰囲気ではなく、歴史まで聞けたのは
何ともありがたかったですね。

でも、昨年旦那さんでもあるマスターが亡くなり、一人でやるには身体もキツイと言うことで
来年の春には店じまいを考えてるとのこと。
その旦那さんは「わらび」をやる前には「丸惣河関(まるそうこうぜき)」で総支配人をして
いたと言っていました。「丸惣河関」は食器とかを扱っていてあたぬしも昔にそこで
お店の皿やグラスなどを買っていましたが、マスターが総支配人の頃は狸小路だったと。
あたくしが行っていた時は南4東2の36線に面している場所になっていました。

「総支配人を辞めて喫茶店を始めたんですか?」
「丸惣河関は陶器部とレストラン部と喫茶部があって、そこの総支配人をやってたんです。」
「では、マスターがお幾つの時に独立したんですか?」(事情聴取かよ)
「私と結婚する時だったので27、28歳でしたね」「そうですか、それにしても27、28歳で
総支配人を任されていたなんて凄いですね!」「社長に目を掛けられていたんでしょうね」
「で、”わらび”と言う名前はマスターが?」「いえ、主人のお姉さんが戦友会の
名前が”わらび”と言って、ほら、わらびって踏まれても踏まれてもまた伸びて来るでしょ。
漢字にしようかと思いましたが、漢字だとお客さんが読みにくいと言うことで平仮名にしたんです」
因みに”わらび”を漢字で書くと「蕨」となります。うん、確かに難しすぎる。

何だか、短い時間でしたが53年の歴史を凝縮して聞けてとてもためになりました。

現在は朝7時からモーニングをやっていて(早ッ!)、閉店は16時だそうです。(早ッ×2)
殆どは常連さんだそうでモーニングセットは出勤前の方がコーヒーとトーストのセットを頼み
タバコを吸って行くんだそうです。昼からは「お年寄りが来ます」と。(これも常連さん)

他に食事を置かない理由は、周りの喫茶店が食事を置き始めて
タクシーの運転手さんとかが
「カレーとか炒飯とか置いてよ」と言われたけれど、亡くなったマスターが「食事を置くと
絶対に潰れるからダメだ」と頑なにトースト以外はやらずにその言いつけを守ってるんだと。
現に「わらび」以外は残っていませんし。

お会計をした帰りがけに「また、来て下さい」と言われて、「はい、また来ます!」と言って
清々しい気持ちで出てきた秋の昼下がりでした。

追記 ”丸か”が今年で15周年なので53年の営業と言うことはあと38年!!(立ちくらみ)純喫茶とは酒類を扱わない純粋な喫茶店のことだそうです。
つーか、53年ってあたくしと同級生じゃん!!(笑)
ファイル 3593-3.jpg
何となく興味はあります。買いませんけどね。(笑)

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