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こうちゃん。

炭鉱町にある「富士食堂」は昼は食堂で夜は食堂
兼一杯飲み屋として、町の人達から慕われていた。

富士食堂のウリは手の込んだ料理となんとい
ってもそこのおばさんの暖かい心と明るい笑顔だ。
それと今年小学生に上がる「こうちゃん」という男の子。

こうちゃんは3人兄妹の末っ子だけあって、とっても甘
えん坊でおばさんから離れなかったので必然的に
富士食堂ではお客さん達からも可愛がられていた。

こうちゃんはおばさんに似ていつもニコニコして人見
知りのしない性格で、こうちゃんは酒の肴になるほど人気
者。ただ、こうちゃんは生まれつき少し他の子供達とは
言語を覚えるのが遅く小学生にあがると決まった時も、
皆とは違うクラスに入ることになっていた。

こうちゃんより4つ上の明弘は小さい時から家族で「富
士食堂」に行っていて、その度にこうちゃんと遊んでいた
のもあり、親からも「こうちゃんが学校へ行くようになったら
、あんたこうちゃんのことを面倒みてあげるのよ」と言われ
ていたし、おばさんからも「あきちゃん、こうちゃんのことお
願いね」と言われていたので、姉弟の明弘はなんだか弟の
世話をするような感じでウキウキしていた。

こうちゃんのお父さんは炭鉱マンだったが、こうちゃんがまだ
お腹にいる時に「落盤事故」で亡くなっていた。それでおば
さんの実家でもある「富士食堂」で働いていたのである。

噂では夫を亡くしたショックでこうちゃんがあのようになった
んじゃないかって、口の悪い人が言ったりもしていた。

待ちに待った入学式、しかしそこにはこうちゃんの姿はなく、
明弘は少々困惑していた。明弘は始業式が終わり大急ぎで
「富士食堂」へ向かったが年中無休のはずの店には鍵が掛
かっており誰もいない。

仕方ないので明弘は家に帰ると、近所のおばさん達が集
まって何やら忙しそうにしている。すると一人のおばさんが明
弘に気づき「和ちゃん、あきちゃんが帰ってきたわよ」と言い、
すると奥の部屋から物凄く悲しい顔の母親が明弘に近づい
てきてこう言った、「いい明弘、本当に可愛そうなことなんだけ
ど、こうちゃんね」とそこまで言うと母親は明弘の腰にすがって
泣き伏してしまった。

明弘は母親の今にも泣き出しそうな顔を見たときに子供なが
らにでも、何かとんでもないことが起きたことがわかったし、それ
がこうちゃんの事だと言うのも分かったような気がした、ただあま
りにも、現実離れしたことなので明弘は何も言えずに黙って泣
き伏せている母親を見ているしかなかった、ただ、両手のこぶし
だけは強く握り締めていた記憶がいまだにハッキリとせつないほ
どに覚えている。

こうちゃんは、明日の入学式を前におじいちゃんから買ってもらった
ランドセルを背負ってはしゃいでいた時に、急に倒れたという。

初めて通夜と葬式にでた、みんな泣いていた。でも、富士食堂の
おばさんだけは泣いていなく、こんな時まで能天気な笑顔のこうちゃん
の写真とその前に置いてあるランドセルをずーっと見つめていた。

通夜と葬式を済ますと、初七日を待たずにおばさんは「富士食堂」
を開けていた。

「おかあさん、富士食堂もうやってるよ」。母親は無言だった。

今、富士食堂のあばさんと同じ仕事をしていて分かる、飲食店って因果な
商売だと言うことと、今、おばさんの歳になって分かる、黙っていた方が
悲しすぎるということを・・・・・。

半年後、あばさん達が越して行った。それから見ていない「富士食堂」
という名前もおばさんたちも。

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