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こういう所がありまして。

先日、大牟田の”木原さん(炭鉱ホルモン”みっちゃん”)”からみかんが届きました。
各店舗で食べれるように5箱も送ってくれて感謝です。
やはり、「旬の食べ物は身体が欲しているんだな~」と、つくずく上手く出来てるな~と。

みかんって、何気なく食べていますが本当にこの時期に食べるにはもってこ~い!なんですよね。
詳しくは。(説明が面倒くさいんか~い!!)

あたくし幼稚園だか保育園だかよく知りませんが、そのへ通っていた時に、みかんが出て来て
何て言うのでしょうか、生来の気質とでも言うのでしょうか?何か人と変わったことや
驚かせたり、喜ばせることが好きで、出来もしないのに「おれ、みかんの皮ごと食べれる!」と
今風で言えばドヤ顔でのたまって、皮の付いたみかんをまるごと頬張り、周りから
「えーっ!!」と言われて優越感に浸っていたのもつかの間、苦しくなり、誰も見てない
タイミングでテーブルの下に吐き出したみかんちゃんをポイしました。

そうです、最低なクソガキです。しかし、皆さんはまだ甘い、旬の温州みかんより甘すぎます。
あたくしは、調子に乗ってまたやってしまいました!!
で、さすがに所詮は6歳のクソガキがやることは大人の”高橋たかこ先生”は見逃しません!!
「かとうくん、みかんを吐き出すのはやめなさい!!」と・・・・・。
さっきまでの周りの羨望の目が一瞬で軽蔑の眼差しになった瞬間でした。。。。。

追記 甘くておいしいみかんを頂いたので、「そうだ!”いっく”にも食べさせよう!!」と
意気込んで”まんぷくや”へ持って行ったのはいいのですが、その前にトイレに入り
みかんの入った袋をフックに掛けようとしたら、引力と言うのは恐ろしいもので
ピュ~っと落下し「ベッチャ!」と。慌てて中を見ると2個ほどみかんが皮から飛び出てました!
でも、スタッフの”つぼみちゃん”が「それで中身が飛び出ると言うことは、それだけ甘いと言う
ことですよね!」と。(泣)
あたくし横着なのでこういう所がります。

あたくしは、なぜか?このような落ち着きのない行動をしてしまうんですよね。。。。。
ファイル 3310-1.jpg今年はみかんの価格が高騰しているとのこと、”木原さん”ありがとうね。
昨日、”欽ちゃん支店”で13時から試食会だと思って張り切って行くと「水曜日ですよね?」と
”イッシー&忍”が心なしか?勝ち誇った顔で言います。
「あっ、そうか!今日はラジオを収録するから、いつもラジオが水曜日だから勘違いしてた!」
「せっかく、だから一杯ちょうだい。」と、13時からレモンサワーなんぞを頂きました。
あたくしせっかちなのでこういう所がありまして。(笑)
ファイル 3310-2.jpg飲み干してるんか~い!!
皆さん、この機会に「かとちゃんと行く”欽ちゃん支店13時からツアー”」に参加しませんか?(笑)

今では良い想い出でですね。

あたくしがこの飲食業に正式に入る年の前年になるので、1987年(31年前)。

当時、あたくしは生コン打設と言う建築ビルや家などの基礎になる生コンを「ポンプ車」と言う
車から出して打ち込む仕事をしておりました。
ファイル 3309-1.jpgポンプ車
ファイル 3309-2.jpg打設、ニシキヘビを扱ってるわけではないですからね。(笑)

翌年の2月からアメリカへ行くことが決まっていたので、ハイラックスサーフを125万で売り
代車のスパイクがタイヤに5、6本しか付いてない白のスカイラインで通勤していました。

ある日、昼ご飯を食べて車でウトウトしながらカーラジオを聴いていると、
何だか、とても心地よいメロディーが流れて来て、渋い声が聞こえてきました。

シークレット・ラブ 愛されても~ため息ばかりOh~
シークレット・ラブ 悲しみをまさぐるようにMu
シークレット・ラブ 傷ついても優しさばかりが
シークレット・ラブ 口づけさえ涙に濡れる~

通い慣れた部屋の隅で明かりも付けづに 
壁にもたれて

シークレット・ラブ想い出さえ誰にも言えずに
シークレット・ラブ今のあたし抜け殻みたい~

鍵を開けたドアの前に
灯りも付けづに頬杖ついて

シークレット・ラブ想い出さえ誰にも言えずに
シークレット・ラブ音をたてて絆が切れた~

切ない歌だな~と。

当時彼女と豊平のNAC(ナック)ビルと言うマンションに住んでいました。
まぁ、いつも喧嘩が絶えなく微妙な空気が流れていましたけど。

仕事を終え、車を近くの公園に停めてそのマンションへ帰ると部屋の灯りが点いていなく、
直感で嫌な予感がしました。

そしてカギを開けて部屋にへ入ると暗闇でもガラ~ンとしているのが分りました。
生活感がないのが。

何が起きたのかもわかりました。
「あ~っ、とうとう出ていったか~」と。

ソファーマットレスとラジカセだけが残る部屋で電気も点ける気も起きなく、
そのまま壁に持たれて、家を出る時まではブラインドがあった窓から月灯りを見ながら、
しばし途方にくれておりました。

で、ふと昼に聴いた曲を思い出し同時に「俺の歌かよ」と、面白くもなんともないのに
鼻で笑いながら切なくなっていましたね。

31年も前になるのに、季節が来ると思いだすもんですよね・・・・・。

追記 それからアメリカへ行き、帰って来てから飲食業で働く決意をしました。
それもこれも彼女が切っ掛けでしたので、今にして思えば感謝しています。

それにしても女性って、自分で買った物はともかく二人で買ったものまでキレイに
持って行くんですね。(笑)
”涙のシークレット・ラブ”

さぁ、ラジオ頑張るか!!

いや~もう半分が過ぎました。

昨日爆発事故があり、全国のニュースで報道されています。
原因はまだ分らないですが、不幸中の幸いで亡くなられた方がいなくて本当に良かったです。
でもね~、師走に火災やこような事故って本当にイヤですね。
気がかりなのは、居酒屋さんは他にもチェーン店があるので、風評被害で変な噂が
立ったり、予約がキャンセルにならなけば良いと同業者としての気持が分るので心配です。
でも、原因が分らないのに「居酒屋で爆発事故」って報道されたらまるで居酒屋が爆発事故を
起こしたように勘違いしますよね。その辺は、もの凄くデリケートな部分なので細心の注意を
して欲しいですね。

では、本題です!!

早いですよね~。
今年もあと半月ですよ、半月!!

皆さん、週末で飲みすぎて疲れているんじゃないですか?
けれど、あと今年も半月しかないので後悔しないように飲みますよ。(笑)

”丸か”は年内の営業は30日(日曜日)までで(時間は少し早くなります)、
年始は”欽ちゃん両店”が2日(水曜日)からで、その他の店舗は3日(木曜日)からになります。
詳しい時間帯はこちらから。皆さんの年末年始はどうなんでしょうかね?
来週のあたりから、もう年内に来れない人には「良いお年を!」となりますけど、
それを言い合ったかと言って、来れるタイミングがあるのに「良いお年を!」って言い合ったしな~。
などと、そのような遠慮は要らないので、バンバン来てくださいよ!!(笑)

追記 今日は年内最後の”店長会議”です。
”忍”がピンボケな話ししてくれないかな~。(笑)

”丸か各店舗”も30日の営業まで何事もないように注意をして営業をして行きます。

ペイペイ・・・・・。

ペイペイ・・・・・。
結局、なんなん? 「スマホを使って支払いが出来る」でいいのかな?

”すーさん”に聴くと「これからどんどん、そうななって行くと思いますよ。」とのこと。
因みに”すーさん”も「ペイペイ」に加入?したと言っていました。
(裏切り者!!)

と言うことは、あと5年もすると現金やカードを持ち歩かないで”スマホ”一つあればいいと?
領収書も今のカードと同じで扱いみたくなる感じですか?(って、あまり仕組みは分らないけど)
財布業界も大変になりますね。

でもさ、これってヤバいんじゃないですか?
例えば今までなら「おい、金を出せ!」と言われていたのが「おい、スマホを出せ!」と。
カード犯罪ではなくスマホ犯罪になりますし。で、財布ならば現金を奪われて終わりだけど、
スマホだと個人情報まで盗まれて、自分のだけならいいけどスマホに入っている家族や
友人や仕事関連の情報まで盗まれますよね?
いいだけ、スマホの中に入っている情報を盗まれて返されてもね。

今後、色々な犯罪のリスクが考えられます。
皆さん、気をつけて下さいよ。(ペイペイだけではなく)
でも、聞き慣れないからかも知れませんが、ペイペイっておかしくないですか?(笑)

では、ここから「有名人及び知ってるペイシリーズ」の一部をば。
ペ~イペ~イ、パンパン。コンペイ、パンパン。サンペイ、パンパン。終わり。(終りかい!!)

追記 昔は情報手段は新聞でした。電車なんかではよく新聞を三分の一に折りたたんで
見ていた人もいましたよね。あと、お父さんがトイレに新聞を持って行って長くなり、
家族のひんしゅくをかっていたとかね。
そこで一句「おとうさん むかししんぶん いまスマホ」
あれ、北風か?。
本日も全店、絶賛営業中ですよ!!

思いや思想に共感して・・・・・。

先日、メーカーの担当者が事務所へ来て「社長、旭川支店の女性と社長の
”トップギア!!”のやりとりをしているんです!一度、社長とお会いして見たい
と言っています。”トップギア!!”はバイブルだと言っています。」と。
先日のhttp://www.katoshoten.jp/www/blog/index.cgi?no=3300も早々に送って
やりとりを下と言っていました。こんなつたない駄文をバイブルなんて言ってもらい
照れ臭いです。なので、前回の続きの様な感じになりますが、その辺に触れてみたい
と思います。

昭和63年、波乱万丈の昭和も最後の1988年の3月に面接へ行き、4月の初旬から
働き始めました。
・水商売からサービス業(飲食業)へ。
・嫁が自分の旦那の仕事を誇れるように。
・結婚の挨拶で、相手の実家へ行った時に水商売と言う理由で反対されないように。

その為には、水商売=だらしない、時間にルーズなどを止める。
嫁が主婦同士で給料の話になって、自分の旦那の方が高くて誇りを持て安心して
生活を送れるように。相手の家族(重に父親)から結婚を反対されないようにする。
今なら、「なに、それ?(笑)」とネタにされますが、当時はそのくらい飲食業は
水商売=怪しく、信用の低い世界でした。(そこに遊びに来るくせに)
世直しとかそんな正義感とか格好良いものではなく、プライドとか意地ですね。

思えば、そのために夜から朝まで二十歳そこらの若者がスーツにネクタイ締めて
一緒懸命に働いていました。若いのばかりだったので、私服ならどうしてもだらしなく
なるから男は全員スーツにネクタイでした。まぁ、その辺でも水商売から飲食業へと
意識して行ったんだと思います。

あたくし自身、この商売を本格的にやる上で決めたことがあります。
それは、当時ススキノで働くと言うことは一種独特な世界に足を踏み入れると言うことで、
やるからには半端な気持ちではやらないと。
なので、高校を卒業し建設・建築業へ入り2年で辞めて、それからバイトを転々として、
「よし!夜働くか!!」と思った時に「一年、昼間の仕事を一所懸命に働いて、
汗を掻くのはもういい!となるまでやり切ってから夜の世界で働こう!!」と決めました。

そして、約一年間働いてからこの世界へ。
聞いていなかったし、言わなかったので改めてこの”トップギア!!”で書きはじめるまでは、
「親はどう思っていたんだろう?」などとは考えてもみなかったのですが、
この仕事について一年経ったか立たない時に、知り合いのおばさんに「孝司ちゃんは、
何やってるの?」と聞かれ、あたくしが返事をする前に”おふくろ”が違う職業を言いました。(笑)

別にその時はちょっとだけ「あれ?違うのにな~。」と思いましたが、「まぁ、息子が
ススキノで働いているって言いにくいんだろうな~」程度で気にしませんでしたね。
今にして思えば、やはり息子がススキノで働いていることに対して、不安や後ろめたい
気持ちがあったのかも知れませんね。もしくは、どのように説明していいのか?分らなかった
んだと思います。当のあたくしはススキノと言うか、その会社で働いていて充実していました。

今思うと、確かに夕方18時から朝の3時や5時まで働いて、そこから飲みに行って
いたので、ある意味「ザ・ススキノマン!!」まっしぐらだったのに、不思議と周りが
見ているようなダークな世界にいる気がしませんでしたね。当時は夜の世界、それも
北日本一の繁華街ススキノで働くと言うことは、ボーダーライン(境界線)を超えたみたいな
感じでしたからね。けど、一緒に働いていた会社の仲間もあまり気にしてなかったです。
やはり、それは最初にも書いていたように「俺たちで水商売を、ススキノを変えるんだ!!」
と言う志があったからだと思うのです。なので、あたくしは未だに同業者の人との交流は少なく
店にもあまり行って交流を広げようとも思いません。30年も飲食業に居るのに。
(まぁ、それが良い悪いは別にしてね)

設立当初の会議で”社長”が「一年で店舗を10店舗にする!」と宣言して、皆で
どんな店を作りたいか発表したり、あたくしは休みなんていらないので働きたいと言えば、
”西やん(歳は一つ上だけど同期)”は「俺は、しっかり働いてまとまった休みを取りますよ」と、
真逆な意見を言い合ったり、会議一つとっても熱気もあり、皆、目が輝いていましたね。
約束通り1年で10店舗達成しましたね。(笑)

”タスコ(当時は(有)タカダ・インダストリー)”って、何もあたくしのようなモチベーション
バカばかりではなく、上下左右、斜め、表裏と色々な人間のエネルギーの集合体
だったんです。それを”社長”が上手く統率し、それぞれやり方は違えど、目的は
同じな集団に作り上げていたから、数々の困難を乗り越えられたんですね。

まぁ、同業者からは良くは思われなかったですけどね。(笑)
やはり、新興勢力で今までのススキノと言うか水商売の常識を覆していたので、
そりゃあ面白くはないと思います。でも、そういう人だって自分の会社を成長させる
時には同じように常識を破ったりして周りから批判されて来たんですけどね。(笑)
「歴史は繰り返す」です。

あたくしたちは同業者の噂や批評なんて全く意識していなかったんですね。
だって、あたくしたちが一番意識しなければいけないのは、周りが何と言おうと
目の前にいるお客さんを楽しませることだったから。なので、お客さんがお客さんを
呼び、お店は繁盛し、また店を作り、仲間もお客さんも増えて・・・・・。

会社設立当時は3店舗だったのが、気が付けばススキノや周辺で二十数店舗に。
そして、あの拓銀の破たんが起きてそこから、会社の方針と言うか”社長”の
人生にも社員の人生にも関わる運命が待ち受けておりました。。。。。

追記 誰よりも社員のことを考え、愛し、守ってくれてました。また、常に「お客さんに
楽しんでもらうには?」と、どんな時でもそんな話ばかりでしたね。
その根底にあるのは”社長”の幼少期からの環境があり、挫折した青年期、
そして運命的に巡り合えた仲間たち。だからこそ、冒頭に書いたことで社員と
その家族を幸せにしたいとね。その、思いや思想に共感してあたくしたちは
周りの声なんかはものともせずに一丸となって我武者羅に働きました。

今現在、12月”丸か”では皆がいつも以上に寝る時間を惜しんで働いています。
本当にありがたいことですが、身体がとても心配です。しかし、ふと自分たちの頃を
振り返ったら「おんなじことしてたよな~」と。(笑)

あたくしも歳を取った(重ねた)と言うことです。。。。。
今年も残すところあと半月になりましたたね。
最近ご無沙汰な皆さん!年内には顔を出して下さいよ!!

今までは感じなかったけど、友だちも・・・・・。

若い時から自分一人で好き勝手に生きてきた友だち達や歳の近い先輩が、今は、
子供の進学やら就職・結婚、また親を看取ったり介護・介護施設などの手続きや何やらを
して大変な姿を見ると、時の移ろいと年月の速さを感じて「俺達、つくずく歳を取ったんだな~」
と思わずにはいられないです。

なんかさ、特に高校時代って一応女子も居たけど(全校で2名だけ)、
男子校だったので、み~んなスマートとは程遠くてもっさい奴らなんですよね。
もちろん、言動もすこぶるもっさいのさ。(笑)

で、高校を卒業をしてもこの歳まで付き合ってるのは殆どいないんだけど、
今でも会ってるのは同じような飲食業か一緒に飲む友達。学生時代に夏休みは臼谷(うすや)へ
行き、旭川辺りから来ている女子高生とお友達になって(ナンパって言えよ)、
一緒にビールを飲み花火なんかをして遊んだり、友達の家で飲んだりと好き勝手に
遊んでいた奴らや、卒業して一緒の寮に入ってその後に「芸能人になる!」と言いだし、
東京へ行き挫折し帰って来て、ジーンズショップアメリカ屋で働き休憩時間には駐車場の
車の中でサックスの練習をしていた奴とかね。

今でも二人とは会っています。
どちらも一所懸命に働いています。サックスの方は時々ライブをやったりして
まぁ、それなりに芸能?活動をしながらバーをやっていますしね。(笑)

自分たちが歳を取るように、周りも歳を取ります。
子供の成長も早いと思いますが、親も確実にある行き場所へ向かっています。
よく、58歳の息子が親を殺したなんてニュースを見て、以前は「いい年して
何やってんのよ!息子が58歳って言ったら親は何歳だ?80代?何だかな~」と
半ば呆れてましたが、ふと、最近の自分を振り返ると「自分の歳と変わんネーじゃん!」
とこれまたショックを受けます。(泣)

今までは別に感じなかったけども、ふと見た時の友だちの白髪や表情を見て
「あぁ~、俺たち本当に歳を取ったんだな~」と思うのでした。。。。。

追記 と言うことで、年末年始は同級生と飲みましょうね!!
”丸か”の年末年始の営業日と時間が載っていますので!!

歳を取ったと言うこの『取った』って考えてみたらいやですね。
歳を『重ねた』の方がいいよね。
$FILE1地元”芦別”から送って来た友達に「いつからこれが芦別の名物になったの?(笑)」
と問うと「知らないうちになってた!(笑)」と。
”優”、「芦別炭鉱カレー」も十分に行けるぞ!!(笑)
このドラマにはまってます。(笑) ちょうどこの曲が出た時が高校生でしたね。

で、今はこの曲をたまに仲間たちと聴いたり歌ったりして、皆何とも言えない思いと、
「まだやれるよな?」っと励ましています、心の中で。。。。。

ん~、どうしたらいいんですか!?

ライン、メール、ショートメールが入り乱れて来る時があります。
こっちに返信してるのに、違う所から、そのまた違う所からと・・・・・。

あと、グループラインはヤバいですね!!
あたくしは皆さんと違ってスルーしないで(さりげなくディスる)出来るだけ早めに返信を
するのですが、同じような暇人(誰が暇人じゃい!!)が光の速さで返信して来るんですよね。

本当に暇な時はいいんですけど、時間がない時とか運転中とかは危険が危ないですからね。

どうしたものか・・・・・。

やっぱ、スルーですかね。(笑)

追記 でも、源頼朝くらいの古い人間なので(古すぎだろ)、スルーするってことは”居留守
(主に電話)”を使うような感じで気が引けるんですよね~。
と言いつつ、誰からもな~んにも来ない日もあるんですよね。(ちと寂しいけど)
でも、メールやラインの使い方って性格が表れますよね。
「メールやラインの使い方から見る性格占いアプリ」を作ろうか?”すーさん”!!。
また、人任せですベンツ。。。。。
えっ!?まだ忘年会の予約をしてない!!
ダ~メだわ~。直ぐに連絡してよ~いしょ!!(飯尾か!)

分るけどな、悪い報告や言いにくい報告は早めに言った方がいい。

そうなんですよね、確かに本人としては中々勇気のいることです。
特に、近々で怒られたり、店長あるあるなんですけど業績がイマイチの時には中々言いにくい。(笑)

けれど、それを先延ばしにしたりすればするほど問題が大きくなるんですね。
最初は火が少し点いた程度が、そのままにしてしまい大火災になったみたいなね。
なので、消火と病気と報告は早い内にってね。(誰が上手いことを言えと)

あと「報連相」が曖昧だと、これまたとんでもない大事になったりしますからね。
何でしょうか、めっちゃ下手な人がいます。で、後々詳しく聞くと「なに!?結局大丈夫じゃん!」
と、最初の報告や連絡・相談が的を得てなかったり、どっちつかずの中途半端で曖昧なことを
言われると誤解もするし余計に混乱をします。(結構、”丸か”にはいますよ・笑)

一度、紙に書いてまとめるとかして優先順位や修正をしてから「報連相」すればいいけど、
あたくしに突然言われると、急にパニックになるんでしょうね。(笑)
なので、今度からは一旦タイムのジェスチャーをしてから、一度紙に書くか頭の中で
整理してからにした方がいいと思います。(あたくしが待てればですが)

まぁ、とにかく「報連相」はマメに、そして言いにくい事や悪い事は自分で何とかせずに
周りの人かあたくしにが原則です。

そのように、困った時に素直に報告や相談できる人の方が信用されます。
隠しておく人は信用も信頼もされませんよね。

追記 上司を上手く使えない人は部下も使えません。
まぁ、”使う”と言うより”活用”なんですけどね。。。。。

本日は”欽ちゃん支店”の収録放送です!
昨日、バッチリしましたので皆さんよろしくお願いしますね!!ここから。
あっ、昨日こんなメールが来ました!「2019年は私と一緒に億万長者を目指しましょう」と。
つーか、私って誰だよ。。。。。

”丸かAKB”って?

一昨日、23時に寝て朝5時に起きてしまいました。
一体、どうしろというのでしょうか?

先週の土曜日に”丸かAKB”の皆様と常連さんで忘年会をしました。
まぁ、”丸かAKB”も常連さんで平均年齢はアラフォーなんですけどね。(笑)

一次会は”一条まるふじ”。
火鍋の食べ放題にしたのですが、いかんせん男女共に40代、50代が主流なので「食べない」。

二次会は”とり天狗”で「カラオケ」
そうなんです!12月は”とり天狗”はカラオケを置いてありますので、遅い時間やお客さんが
少ない時間帯にはカラオケで盛り上がろうと言う、姑息な”中川”の魂胆です!!(笑)

でも、やはり皆さん歌う歌は”中森明菜”とか”工藤静香”。(笑)
しかも、若い時から歌いこんでいるので上手い!!って言うか、”AKB”の歌はどうしたんだ?
と言う意見もありましたが。(強引に歌わせた最初の2、3曲のみ)

中々、盛り上がって楽しい忘年会でしたよ。
皆さん、新年会をしましょうね。(笑)

追記 二次会でカラオケなら”とり天狗”へ!!
ファイル 3301-1.jpg募集の張り紙直ってましたね。(笑)
深夜は1063円か~。
3円?細かいけどあたくしバイトしようかな?串揚げやさんは働いたことないし。
それに年齢制限もないみたいだしね。バイトしたら来てくださいよ~!!
あっ、「社長!」って言うのはナシで、「かっちゃん!」と呼んでください!!

根本は”感謝”があったんです。

「加藤はどうしてそうなんだ?」
そうなんだ?とは、なぜ、そこまで熱く会社(仕事)に打ち込めるんだ?
と言う、あたくしの考えも含めてのニュアンスだったと思います。
「私心がないからじゃないですかね。」と言うのがあたくしの返答でした。

幕末の英傑の”西郷隆盛”がこんなことを言っています。
「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は扱いに困る。
このような人でなければ、困難を分かち合い国家の大きな仕事を成し遂げる
ことはできない。」と。

そう、「私心がない」と格好いいことを言いました。
プライベートではダメダメでしたが、会社のことを常に考えていました。
それで時には”社長”と意見が違って感情的になることもありましたが、
あたくしとしては、会社のことを思えばのことなので臆することなく自分の
意見を言えました。それは、他の上司やどの役職の人にもです。

あたくしは常々言っていました。
「俺は金太郎飴のように、どこを切っても”タスコ”しか出て来ないんだ。」と。

まぁ、設立メンバーと言うこともありましたけど、まだ会社やお店が数店舗しか
ない時から必死になって「なんか分からないけど、一所懸命やってれば何か良いことが
あるんじゃないか。」とやって来たんですね。
なので、いつでも命は投げ出す覚悟もありましたし、役職やお金にも
分相応で充分でしたからね。

何度か「取締役に」と言われましたが、その度に断りました。
また、年収を「これくらいで」と言われて「いえ、今の業績では多すぎます。
今もらっている給料で充分です。」ともね。

そんなことよりも、会社をどのようにしたらもっと良くなるか?
一緒に働いているスタッフが良くなるか?が、最優先でしたね。
その立場で物事を判断して意見していたので、やはり煙たい存在だと思う人は
いたと思います。
だって、守るものがなく堂々と正論をぶちかますから質(たち)が悪い。(笑)

守るものは会社とスタッフ。
常にそのことを思い、熱く語っていましたね。

現在、”(有)丸か加藤商店”はどうなのか?当時のあたくしのように「会社の事を思い
時には社長や周りとぶつかるくらいの情熱のある人間はいるのか?」と思うのです。
当時の“社長”もそうでしたが、違う意見や耳の痛い話でも「こいつは会社のためを
思ってるんだな」と言う思いや熱意を感じたら腹を立たせるどころか、「ありがとうな」と
思うものです。。。。。

追記 あたくしが好き勝手出来たのは、そのような環境を与えてくれた”社長”を
始め一所懸命に働いた(戦った)仲間たちのお蔭なんですね。なので、あたくしを
はじめ今現在一緒に働いているスタッフがどこまで”思い”を共感・共有できるか。
まぁ、それはあの頃の”社長”もそうですが、最も影響を与えるのはあたくしなんですよね。

あと、こんな自分がこうして一所懸命に働いて生きていられる場所を与えてくれたことに
感謝があり、そのような場所を他の人たちにも味わって欲しかったんですよね。。。。。
「人との関わりを大切にし、上辺だけじゃなく本質を語り
人間の成長のためには一緒懸命に努力する。」
で、その先に「テーブルを囲む笑顔を作り続ける」集団でありたいです。。。。。

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