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昨日、テレビの番組内の特集で「居酒屋ノート」と言うのを
やっている居酒屋を取り上げておりました。(以前、NHKでもやってました)

ご覧になった方もおられると思いますが、このお店の名前は
東京は新橋の”九州郷土料理”「有薫酒蔵(ゆうくんさかぐら)」と言う
お店で「全国の高校の同窓会ノート」がある、と言うお店です。

本にもなってます。↓
「居酒屋ノート」

何ていうのでしょうか?高校って、何だか「ぽつんと」そこだけ
心の中に”故郷”がある感じじゃないですか?

大学ってなんとなく”きざっぽい”感じがしますが、高校の同窓(級)生と
話す時って、ほとんどは地元でしかも同じ匂いのする連中なので
安心感がありますよね。(大学に行ってませんけど)

以前、あたくし深夜にタクシーに乗った時ですが、普段よほど悪酔いして
いなかれば結構運転手さんと話し、必ず「地元はどこですか?」
と聴くのですが、一度、あたくしよりも10歳くらい上の芦別工業高校の
先輩のタクシーに乗りました。

そこから、かなり話しが盛り上がり、家の前についてもしばらく
話し込んでいた記憶があります。(メーターは下げて)

やはり、高校=地元=懐かしい郷土。と言うように、
普通のはいまだに苦手ですが、これならあたくしでも分かりやすい
「方程式」になるのではないのでしょうか。

現に、番組の中でリーマンショックで資金繰りが悪化した時に、
日頃通っていた”有薫酒蔵”の居酒屋ノートで、

その辺りの辛さを書いたきっかけで、後日それを見た10歳上の同窓生の
先輩の助けで、今ではパートナー会社で順調に仕事をしている人もいました。

同郷と言うだけでも、かなり盛り上がるのに、それが高校が同じと
なると、すこぶる盛り上がるしほっとけなくなるのでしょうね。

東京と言う都会で、同じ高校の同窓生というだけで、年齢が離れていて
面識がなくてもノートを通じてまた、連絡し合い、損得なしに助け合いができるのも、

やはり高校(故郷)を後にした人達が、都会で様々な苦労などをしたりしているから、
尚更のこと「望郷」の念も沸き少しでも協力したくなるんですね、きっと。

その「居酒屋ノート」を、たまたま見て同級生が亡くなったのを知って
残念がっている書き込みもありました。

さっそく、番組を見た知り合いから
「このような番組をやっていた。お店の参考までに」と、ありがたい
メールを頂きました。

実は、あたくし12年前に親父が死んだ時に”ドンキー”で「大工の原さん」
を”ボーっと”玉の行方を見ながら考えていたのが、

「そうだ!また、あの炭住(炭鉱長屋)を再現した店を作ろう!
そして、そこへ来た炭鉱町で働いていたり、育った人達が懐かしくて楽しめる
ように、家の中を再現した店にしよう!」と。そして、

「よし!店の中には石炭ストーブやら、炭鉱町やこ鉱内夫の写真などを飾り、
長屋風の木造のして、料理は・・・・・? あれ?なんだろう?特に特産ってないよな?」

「松田のベビースターラーメンは違うし、良く食べたもの、良く食べたもの・・・・・」

「そうだ!”ホルモン”にしよう!」

「よ~し、店名は、”東一条西五丁目九号四舎(あたくしが住んでいた住所)に
しようかな?」

「いや?待てよ、長い!って言うか、”何や”かわかねーな。」
「よし!炭鉱住宅を再現している”ホルモン”を炭で焼くから”炭住!”だ!
多少、読みにくいかもしれなくても、炭住=すみじゅうと呼ばれてもいいし」と。

何よりも「”炭住”と書いて、真っ先に呼び方がわかる人は
ほとんど炭鉱町の人なので、気になってきてくれんじゃないかな?」とも。

そこで、”老若男女”年齢、性別問わず、出身地が多少違っていても
『炭鉱』と言う、共通のキーワードがあるので懐かしい話しに皆が
気分良く飲食してくれて、よい繋がりができればいいな~と。(ロマンがある!)

まぁ、現在の”欽ちゃん”はそこまでではないですが、多少は”ホルモン”を
通してそんなのも”アリ”かな?と。

実は「青春の輝き」は、そのような感覚で作ったんですけどね。
でも、あそこは炭鉱ではなく1970年代~80年代を”キーワード”
にしていましたが。。。。。

そういうことで、そのような「居酒屋ノート」とか、改めてその辺のところを
意識した店つくりをして行こうと思いました。

そういえば、昨年のビアガーデンで(かよちゃんが寝坊した時)西芦別にいた
と言う初老の夫婦とに偶然会っ時に”西芦別”の話しで盛り上がっていたら、

「懐かしいね~」と言って、泣いてました。。。。。

やっぱり、この辺の店をやろうっと。

「有薫 酒蔵」